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2018年、もっと夢中にするメディア「マグ」誕生

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1968に生まれ落ちた鬼才。時代に“ひっかき傷”を残したBD作家「メビウス」の誕生

COLUMN

MANGA

2018.07.06 FRI

「メビウスの帯」のように、“ねじくれた”BD作品を描く作家「メビウス」── 。ジャン・ジローがこのペンネームを使い始めたのは、1963年、風刺雑誌「ハラキリ」に作品を掲載したことがきっかけだった。最初は「一時しのぎ」[1]だったメビウスの名は、その後国境を超え、日本にまで轟くようになる。

「ペンネームを次々と変えたり、同時にいくつも使い、多様なスタイルを試してみたいという感覚があった」というジローは、「メビウス」という名でどのようなスタイルを確立し、どのような作品を創りあげていったのだろうか。「メビウス」としての彼の半生に迫る。

メビウスを生んだ「1968」

1960年に創刊された『ハラキリ』は“bête et méchant(愚かで意地悪)”を標榜した雑誌で、2015年に襲撃事件があった「シャルリー・エブド」の前身としても知られる。当時、友人のジャン=クロード・メジエール(日本でも今春公開されたリュック・ベッソン監督の映画『ヴァレリアン 千の惑星の救世主』の原作となったBD『ヴァレリアン』の作者!)とイラストの仕事をしていたというジローは、「絵を描いて、物語を語りたい」[2]という欲求から、創刊して間もない同誌に持ち込みをし、それを機に「メビウス」の名義で、いくつかの作品を掲載することになる。ところが、その後のジジェとの出会い、そして『ブルーベリー』の連載開始で、メビウスとしての作品が「パタリと何も描けなくなってしまった」[3]そうだ。

彼が再び、本格的に「メビウス」として活躍し始めるのは、それから約10年後のことだった。1968年、パリで「五月革命」が勃発。旧来の伝統的な政治体制は地に堕ち、時代の中心は若者に委譲された。その流れを受け、商業主義的で“型にはまった”作品がほとんどだったBD界でも、それまでのタブーを覆すように、セックスや暴力などを描いたり、作家自身がその想像力を爆発させたりしたような作品が次々に登場し始めた。

BD王道とも言える西部劇『ブルーベリー』で成功を納める一方で、伝統的BDの「鋳型の中にはまったまま」[4]という危機感を感じていたジローも例外ではなかった。一連の運動で活動していた人々のおかげで「勇気を持つことができた」[5]という彼は1973年、ある作品を手がける。「ジル」名義でありながら、メビウスの初期の代表作として知られる『まわり道』だ。


ジロー=メビウス自身が主人公となり、独特の世界観を提示したこの作品を皮切りに、彼は「メビウス」としての創作活動に軸足を移していく。

「メタル・ユルラン」とホドロフスキーとの出会い

1973年、ジローは「ピロット」を離脱。メビウスとして、長年彼を“捉えてはなさい”主題だったという「擬似宇宙(SFや精神世界)」をテーマとした創作活動に取り組み、『巨根男』『白い悪夢』などいくつかの作品を発表する。そして1975年、フィリップ・ドリュイエら3人の仲間とともにSF雑誌「メタル・ユルラン」を創刊。同誌創刊号で発表した『アルザック』は、鮮やかな色彩、風変わりな世界観、独特の立体感、そしてセリフがないという実験的な試みで多くの読者に衝撃を与えた。

同じ頃、彼の人生を大きく変える出会いが訪れる。1970年、映画『エル・トポ』でカルト的人気を誇った映画監督アレハンドロ・ホドロフスキーが、新作SF映画『デューン』の絵コンテスタッフとしてメビウスを起用したのだ。映画は資金難などにより未完に終わってしまったが(その顛末はフランク・パヴィッチのドキュメンタリー映画『ホドロフスキーのDUNE』に詳しい)、この企画がきっかけでメビウスの才能はハリウッドに知られるところとなる。

他方で、タロットカードの研究者という神秘主義的な顔を併せ持つホドロフスキーは、メビウスの生き方にも多大な影響を与えた。もともと10代の頃からマリファナによる神秘体験を味わってきたジローは、ホドロフスキーを“師”として慕い、自らもスピリチュアルなものに傾倒していったようだ。

公私を問わず親密な関係を築いた2人は、1978年の『猫の目』を皮切りに、ともにBD作品も手がけるようになる。そして1981年、メビウスの代表作とも言われる『アンカル』シリーズが誕生する。

謎の物体「アンカル」をめぐる私立探偵のジョン・ディフールの冒険が描かれたこの作品は、ホドロフスキーがメビウスの目の前で原作となるストーリーを歌って語ることで生まれたという。

アンカルとは何なのか、生きる真理とは何なのか ── 。1988年まで全6章計291ページにわたって繰り広げられるジョン・ディフールの冒険には、分解、反復、闇、光、永遠といった抽象的な概念がふんだんに盛り込まれている。もはや従来のBDの枠組みにはとらわれないような、壮大な精神世界を描いた「創造の書」は、その後20の言語に訳され、世界中で読まれるようになる。

日本のクリエイターを揺さぶったメビウスの“ひっかき傷”

『アンカル』の第1章は、1986年日本語にも訳される。しかし、それ以前に、メビウスはすでに日本の多くのクリエイターたちに認知されていた。

たとえば、漫画家の大友克洋氏や浦沢直樹氏らは、メビウスを知ったきっかけとして、1978年に日本語版が発行されたSF雑誌「スターログ」を挙げている。同誌には、主にメビウスが手がけたカラーイラストが紹介されていたようだが、たとえ小さなイラストであっても、シンプルな線から紡ぎ出されるリアル、かつ独創的、そして枠にとらわれない自由な描写は、当時日本で主流となっていた“劇画”とは全く違う世界観を提示し、多くの作家に衝撃を与えたようだ。

1975年に受けたインタビューで、ジローは『ブルーベリー』を描く自身とメビウスの作風の違いについてこのように説明している。

『ブルーベリー』のスタイルは完全に人工的なものだ。アメリカのコミックスとベルギーのBDの遺産を受け継いでいる。極めて入念な筆遣いと熟練の腕さ。一方、メビウスは純粋な跳躍であり、すばやくつけられたひっかき傷だ。この二つは全く違うものだが、僕にはこれらを自分に無理やり課すのではなく、自由自在に操ることができる奇妙な能力があるんだ。[6]

ストーリー性を重視してきた日本の漫画界にとって、熟練の腕を持ちつつも、自分の感性や精神性、感情に任せてペンを走らせるメビウスの“ひっかき傷”は、超新星のごとく、眩しく映ったに違いない。

取材・文:周東淑子
監修:原正人
撮影:林 和也

【参照】
【BD研究会レポート】メビウス追悼 ダニエル・ピゾリ氏が語るメビウス〔メビウス編〕

『メビウス博士とジル氏』(ヌマ・サドゥール著、小学館集英社プロダクション、2017年)
「ユーロマンガ」vol.7 (Euromanga合同会社、2012年)
『アンカル』(アレハンドロ・ホドロフスキー作、メビウス画、古川晴子訳、ユマノイド、2015年)

【注】
[1]『メビウス博士とジル氏』サドゥール、p358
[2]同、p352
[3]同、p352
[4]同、p360
[5]同、p363
[6]同、p355

もっと光を! アイデアと“夢のエネルギー”で画面の牢獄から抜け出した電子ゲーム『大脱走』

REVIEW

GAME

2018.11.16 FRI

ゲームがデータとして供給されるようになった現代から、遡ることおよそ40年の昔。当時、ゲームとはソフトでありハードであり、単一の“モノ”を指していた。

『電子ゲーム』。この80年代を代表するアイコンを単なる懐古趣味ではなく、ゲームが形を持たなくなった時代の崇敬すべきフェティッシュとして見直していくのが本連載の趣旨である。

日本の子供たちがこれまでになかった新しいおもちゃ、電子ゲームに熱狂していた1980年前後。しかし、視野を広げてみればこの時期は1978年のイラン革命を発端にした原油価格の上昇と供給危機、いわゆる第2次オイルショックの時期と重なる。そうして1980年にはNEDO(新エネルギー総合開発機構)が創設され、太陽光エネルギーに注目が集まっていた……。

そんなエネルギー情勢の中で1982年に登場したのが、バンダイのLCDソーラーパワーシリーズの電子ゲーム『大脱走』である。

『大脱走』(バンダイ/5400円 1982年)

「電子ゲームにソーラーパネルを使用したのは、バンダイのLCDソーラーパワーシリーズが初めてだと思います。電池が無用である代わりに強い光を当てていないと遊べず、つまり部屋の中でゴロゴロ寝転がりがら遊ぶことができないというデメリットもありました。しかし、光に当てれば電気が生まれ、ゲームが出来るという科学実験を思わせる仕組みは、当時の子供達の心を捉えたものです。また、同シリーズはソーラーパワーだけでなく、2画面構成になっていることも特徴。なかでもこの『大脱走』は場面転換が秀逸で、私が特に気に入っている電子ゲームの一つです」

そう語るのは、電子ゲームに詳しく、任天堂研究家・コレクターとしても知られる山崎功氏である。

蛍光管表示(FL)式ゲームは電池の消耗が激しく、ACアダプタまで買ってもらえなかった子供達を泣かせた。他方、電池の持ちはよかった液晶式でもボタン電池は高価であり、電池代はやはりバカにできなかった。100円均一がまだ登場していない当時、子供にとって(大人にとっても)電池は消耗品にしてはなかなかの値段がするものであったのだ。

また、視点をエネルギー情勢に戻せば“未来のエネルギー”ともてはやされた原子力発電が、1979年のスリーマイル島原子力発電所事故により大きくその存在が揺らいでいた、そんな時代の話である。「太陽にさえ当てればゲームができる」。この“夢のエネルギー”のわかりやすい実用化に、子供達の興味が注がれたことは想像に難くない。

なお、このゲームは「ソーラーパワー」を謳ってはいるが、室内灯でも条件を満たせば遊ぶことはできた。しかし、発電量の少なさ故、入力の度に画面表示が薄くなり、音も心もとないものになるなどのトラブルはつきもの。快適に遊ぶためにはやはり太陽光のあたる外で遊びたい。そこで携帯性を高め、また最も弱い部分である画面とソーラパネルの保護を目的にしたのだろう。本体は、2つに折りたためるようになっている。小さく折りたたんだものを展開すると、すごい能力を発揮する。このスパイのひみつ道具めいたギミックもまた子供たちにとっての魅力となっていた。

全く異なるゲーム性を持つ驚きの2パターン構成

さて、そのゲーム内容はというと、プレイヤーは囚人であり、看守の目をかいくぐって刑務所から脱走するというもの。通常、主人公は宇宙人や怪物と戦う善なるヒーローか、すくなくともハプニングに見舞われた無辜の存在であるがこのゲームでは自分が善人であるかどうかは疑わしい。同様のモチーフを持ったゲームは他にもあるが、いずれ、ピカレスク(悪漢)ロマンといった言葉もまだ知らない子供たちにとって、他のゲームにはない世界を感じさせるものであった。

ゲームはパターン1・牢の中ステージから始まる。プレイヤーは時折ドアを開けて様子を見にくる看守の目をかいくぐり、隠し持っていたノコギリで計3本ある鉄格子を順に切って外に脱出しなくてはならない。鉄格子は主人公が接触した状態で10回左ボタンを押すと切れるが、看守がドアをあけて中を見たときにはベットの位置につき、壁に貼ってある水着のポスターを見ているフリをしなければ1ミス、鉄格子は強制的に3本に戻る。

このゲームの世界では、脱獄の計画、すなわち鉄格子を意識している様子を見咎められないことが重要なはずであり、であれば主人公がベッドで寝たふりをする描画があれば十分なことになる。なのに、あえて「水着のポスター」を登場させる(子供向けゲームとしては)“ダーティー”な演出に、思わずニヤリとさせられる。

そんなこんなで、計3本の鉄格子を無事、切り落とせば次のパターンに進むことになる。

鉄格子を破った窓を抜けるとそこは第2のパターン・刑務所の壁の外だ。無数の警察犬が襲ってくる上に警官が壁の上から身を乗り出して銃を撃ちまくってくる。(警察犬、警官は説明書の表記通り。「看守では?」などの疑問はさておこう)

看守が見ているあいだは大人しくし、隙を見ては連打で鉄格子を切る。この「静と動」で成り立っていたパターン1とは違い、ひたすら「動」が要求されるのが、パターン2の特徴となっている。そうして画面左に時折やってくる仲間のトラックに乗ればまんまと脱出成功、500点のボーナスが入りまたパターン1に戻る……という流れである。

The Great Escape。単一画面ゲームからの、大いなる脱走

このように、『大脱走』は刑務所の内と外を舞台に展開するアクションゲームであるが、現在の携帯ハード機のように、画面はドットで構成されているわけではないのでその描画は不自由なもの。白(というか透明)黒の液晶画面のなかであらかじめいくつか用意したキャラの動きを描写する単純なパターンを点滅させるしかない。

そんな制約のなか、牢のステージのキャラクターと背景の一部を表示するための液晶画面、刑務所外のキャラクターと背景の一部を表示させるための液晶画面。この2枚の透明な液晶のパネルを重ねることで、1画面でありながら、バラエティに富んだキャラの動き、ゲーム性をもたらすことが可能になっている。

さらに、画面の再奥にプリントによって描かれた背景の使い方、そのアイデアの秀逸さにも注目しておきたい。牢獄のシーンではポスターが貼られた部屋の右壁の役割を果たしていた部分が、外のシーンでは脱走の際に使ったのであろうロープが上から垂れ下がった外壁として使われている。また、牢の鉄格子を支えていた左壁の上端は、下部に植え込みを配置することで今度は刑務所の壁の外を走る道路のカーブを描き出しているのだ。

変えることのできない絵でしかない背景が、液晶画面で描画を重ねて早変わりの舞台装置の役目を見事に果たす。当時のハイテクから、アイデア勝負のローテクまで。双方が詰まったモノとしての魅力に溢れる存在であることがお判りいただけただろうか。

電池の消耗を気にせざるを得ず、ステージ構成は1パターンのみで複雑な演出、場面転換ができない。そんな当時の電子ゲームの限界、いや、牢獄からまさに大脱走を果たしたのがこのゲーム『大脱走』なのである。

文:のび@びた
撮影:さとうひろき

<監修>
山崎 功(やまざき いさお)
任天堂研究家・コレクター、電子ゲーム・レトロゲーム好き。「懐かしの電子ゲーム大博覧会」「任天堂コンプリートガイド」など多数の著書あり。
https://twitter.com/yamazaki_isao
http://happy-today.org/nintendo/

“宇宙最速のあのヒーロー”ついにハリウッド実写映画化 『ソニック・ザ・ムービー』 青い光のシルエット

NEWS

GAME

2018.12.12 WED

1991年に記念すべきゲーム1作目が株式会社セガ・エンタープライゼスから発売され、目にも止まらぬスピードでゲームステージを駆け抜ける革新的なゲーム性と、音速で走る青いハリネズミ ソニックのクールなキャラクターが日本を始め、世界のゲームファンの心をつかみ、愛され続ける「ソニック・ザ・ヘッジホッグ」シリーズ。

全世界でシリーズ延べ約8億人(ダウンロードも含む)が熱狂した日本発の大人気キャラクターがハリウッド実写映画化。その邦題が『ソニック・ザ・ムービー』(原題:Sonic The Hedgehog)に決定した。

『ソニック・ザ・ムービー』2019年11月に全米公開予定。日本公開時期は近日発表

本作は、宇宙最速で走るパワーを授かった青いハリネズミのソニックが、警官のトムとバディを組み、宿敵マッドサイエンティスト ドクター・エッグマンの恐るべき陰謀に立ち向かうべく、世界を股に繰り広げるアクション満載の冒険エンターテイメント。

ソニックとバディを組むことになる警官役には、『X-MEN』 シリーズのサイクロプス役で一躍有名スター入りを果たしたジェームズ・マースデン。そして、毎回ゲームでソニックを追い詰める狂気のマッドサイエンティスト ドクター・エッグマンには、『マスク』(94)などのエキセントリックなキャラクター演技が映画ファンの記憶に残るジム・キャリーが決定。一度見ると忘れないエッグマンの風貌を、どう再現するのか期待が高まる。

『ワイルド・スピード』シリーズのニール・H・モリッツと、『デッドプール』のティム・ミラーがプロデュースし、監督には2004 年に「Gopher Broke(原題)」がアカデミー賞短編アニメーション部門にノミネートされたジェフ・フォウラーが、長編、そして実写初監督に大抜擢。才能溢れるキャスト・スタッフが揃い、世界的人気ゲームキャラクターにどのように命を吹き込むのか、映像の完成が待たれる。

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