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故・谷口ジローが震えた圧倒的な画力 ── BD界の英雄・メビウスのB面「ジャン・ジロー」

COLUMN

MANGA

2018.06.22 FRI

日本だけでなく、世界中のクリエイターに大きな影響を与えたフランスのBD作家「メビウス」(1938〜2012)。思いのままにペンを操り、緻密かつ繊細な、独特の世界観を提示した彼の作品は、宮崎駿、大友克洋、浦沢直樹、寺田克也といった名だたるアーティストに衝撃を与えた。そんな彼にはもう1つ、漫画家としての名前がある。それは「ジャン・ジロー」── 彼の本名だ。彼の母国・フランスでは、この本名での創作活動の方が幅広い読者に愛されているという。

「メビウス」と「ジャン・ジロー」。この2人のアーティストはどのように生まれ、どのように作品を生み出し、そしてどのように世界のアーティストたちに影響を与えていったのか。1人の男性の人生を辿りながら、2人のアーティストのそれぞれの作品の魅力に迫る。

「BD界のランボー」、ジャン・ジローの登場

ジャン・アンリ・ガストン・ジローがフランスの漫画界で広く名を轟かせたのは、「ジャン・ジロー」という本名で描いた作品がきっかけだった。

1938年にフランスで生まれた彼は、幼い頃から絵本の挿絵を眺め、物心ついた時には絵を描き始めていたという。1954年、パリにある応用美術学校に入学。在学中からプロのBD作家として仕事を始め、2年生の頃には、日本でも馴染深いベルギーのBDの古典『タンタンの冒険』をフランスで初めて掲載した雑誌「クール・ヴァイヤン」に作品を発表した[1]。しかし、同誌での仕事にあまり満足しなかったという彼は、約27ヶ月の兵役を終えた後、憧れだったベルギーのBD作家ジョセフ・ジラン(通称:ジジェ)の「生徒[2]」として、彼の仕事を手伝うようになる。

ところで、日本の漫画にも「青春もの」「恋愛もの」「スポ根もの」などがあるように、フランスのBDも「冒険もの」「スパイもの」「ヒーローもの」「SF」などとジャンル分けされるのが一般的である。なかでもフランス読者に人気が高かった ── いや、今も人気が高いのが「西部劇」というジャンルだ。ジジェも子ども向けBD雑誌「スピルー」で『ジェリー・スプリング』という西部劇を連載しており、ジローは1年間、そのペン入れを担当しながらジジェの技術を学んでいった。

幼い両親が離婚し、父不在で育ったジローにとって、ジジェは“父親”のような存在だった、とジロー自身振り返っている。一方のジジェは、ジローの持つ技術・才能に早々と気づき、驚異を感じていたようだ。後年、ジローについて彼はこう語っている。

私に言わせればジルは怪物です。冗談半分に「BD界のランボー」と呼んでいるほどです!実際、彼の才能と独創性は恐ろしいものですよ。(中略)彼の絵と構図の完成度はまるで魔法ですよ。写実的な画風の作家の中で一番だと言っていいでしょう。私は彼の才能に本当に惚れ込んでいるんです。[3]

そんな彼の才能に惚れ込んだ人物がもう1人いた。1959年に創刊されたBD雑誌『ピロット』で一時編集長を務めると同時に、BDの人気原作者でもあったジャン=ミシェル・シャルリエだ。1963年、当時25歳のジローの写実的で、かつ緻密な絵を見たシャルリエは、すぐさま彼と一緒に新作の連載を始めようと誘いかけた[4]。そして生まれたのが、その後2005年まで40年以上の長きに渡って続くこととなるジャン・ジローの代表作『ブルーベリー』だったのだ。

圧倒的な画力で描かれる「アンチヒーロー」の活躍譚

『ブルーベリー』は、南北戦争が終わったアメリカを舞台に、荒くれ者の保安官マイク・スティーブ・ドノヴァン、通称ブルーベリーの活躍を描いた西部劇。ボサボサ頭に無精髭、くたびれた格好で葉巻をふかし、酒をあおって博打を打つ正義感の強いガンマン ── 子ども向けの“安穏[5]”としたそれまでのBD界に登場したアンチヒーローは、多くの読者を魅了したようだ。

『ブルーベリー』シリーズは、ジャン・ジローが「メビウス」としての創作活動で、世界的アーティストになった後も、「ジャン・ジロー」もしくは「ジル」によって生み出し続けられた。シリーズは28巻まで続き、このほか『ブルーベリーの青春時代』(1975年〜、既刊20巻)、『保安官ブルーベリー』(1991〜2001年、全3巻 ※ジローは原作者で絵は担当せず)などのスピンオフ作品も発表されている。

このうち、日本語で楽しめるのは、2012年にエンターブレインから出た『ブルーベリー[黄金の銃弾と亡霊]』に収録されている、シリーズ11巻「彷徨えるドイツ人の金鉱」、12巻「黄金の銃弾と亡霊」(いずれも1972年刊行)、そして1990年に発表された23巻「アリゾナ・ラブ」の3作品だ。

前2作は、『ブルーベリー』シリーズでも人気の高い作品といい、金鉱のありかをめぐり、ブルーベリーをはじめ、一筋縄ではいかない登場人物たちの駆け引きや戦いが繰り広げられる。一方の「アリゾナ・ラブ」は、制作途中に原作者であるシャルリエが亡くなり、物語の後半はジローがまるまる脚本を担当することとなった作品(23巻以降は、すべてジローが原作・作画を担当した)。前の2作品と比べるとストーリーに派手さはないが、ブルーベリーと、彼が愛した美しい踊り子チワワ・パールとの映画のような“大人の駆け引き”が描かれている。

なお、前2作品と3作目は発表された時代が異なることから、ジローの描くグラフィックの変化も楽しめる。筆とペンを使って描かれた前2作は、人物の表情、背景、そして光と陰が精巧、かつダイナミックに描かれており、3作目の線画はよりシンプルになっていて「メビウス」にも通じるような洗練された描写になっている。いずれにしても、出てくるキャラクターの“カッコよさ”もさることながら、ジローの抜きん出た画力、そしてその緻密な書き込みの量に、ページを開いた瞬間に圧倒されることは間違いない。

ジャン・ジローを超える「メビウス」の存在

「メビウス」として有名になった日本では、「ジャン・ジロー」の名前が取り上げられることは非常に少ない。しかしBDの翻訳を手がけ、日本語版『ブルーベリー』の翻訳者でもある原 正人さんによると、フランス本国の一般的なBD読者の間では「ジャン・ジロー」―『ブルーベリー』シリーズの作者―としての知名度の方が圧倒的に高いという。

そんななか、メビウスではなく、ジャン・ジローの作品に影響を受けたと公言する日本の漫画家がいる。『孤独のグルメ』などで知られる故・谷口ジロー氏だ。1970年代後半、とある雑誌でモノクロの『ブルーベリー』を見たという谷口氏は、ジローの柔らかい線のタッチで描かれた「アメコミのようなスーパーヒーローではなく、生身の人間のリアリズム」に、「体が震えるほどの衝撃を受けた」[6]と語っている。谷口氏にとって、ジローのデッサン、表現の仕方、構図、キャラクターの作り方……全てが完璧に見えたというのだ。

メビウスと谷口ジローの共著『イカル』(メビウス原作、谷口ジロー漫画、長谷川たかこ翻訳、ジャン・アネスティ編集協力、美術出版社、2000年)

それでも50代になったジローは、とあるインタビューで、『ブルーベリー』にはいくつもの「気に入らないカット」があると告白する。そして、時には作品が「やむを得ない結果」に終わってしまったこともある、とした後、「ジャン・ジロー」と「メビウス」とを比べてこう語る。

「メビウスにはやむを得ない結果なんてないんだ。なぜならメビウスは間違わないからね」[7]

完璧な画力で超人気シリーズを長年続けたジャン・ジローが、自分と比べて「間違わない」と断言した「メビウス」というアーティストはどのような人物だったのか。次回2回に分けて、「メビウス」としての彼の人生にも迫ってみたい。

取材・文:周東淑子
監修:原正人
撮影:林 和也

【参照】
【BD研究会レポート】メビウス追悼 ダニエル・ピゾリ氏が語るメビウス〔メビウス編〕
『メビウス博士とジル氏』(ヌマ・サドゥール著、小学館集英社プロダクション、2017年)
『ブルーベリー[黄金の銃弾と亡霊]』(ジャン=ミシェル・シャルリエ作、ジャン・ジロー=メビウス画、原正人訳、エンターブレイン、2012年)

【注】
[1] 『メビウス博士とジル氏』サドゥール、p35

[2] 同、p38
[3] 同
、P39-40
[4] 『ブルーベリー』解説より。ダニエル・ピゾリ
[5] 同
[6] 『ブルーベリー』谷口ジロー氏の寄稿参照
[7] 『メビウス博士とジル氏』サドゥール、p248-249

もっと光を! アイデアと“夢のエネルギー”で画面の牢獄から抜け出した電子ゲーム『大脱走』

REVIEW

GAME

2018.11.16 FRI

ゲームがデータとして供給されるようになった現代から、遡ることおよそ40年の昔。当時、ゲームとはソフトでありハードであり、単一の“モノ”を指していた。

『電子ゲーム』。この80年代を代表するアイコンを単なる懐古趣味ではなく、ゲームが形を持たなくなった時代の崇敬すべきフェティッシュとして見直していくのが本連載の趣旨である。

日本の子供たちがこれまでになかった新しいおもちゃ、電子ゲームに熱狂していた1980年前後。しかし、視野を広げてみればこの時期は1978年のイラン革命を発端にした原油価格の上昇と供給危機、いわゆる第2次オイルショックの時期と重なる。そうして1980年にはNEDO(新エネルギー総合開発機構)が創設され、太陽光エネルギーに注目が集まっていた……。

そんなエネルギー情勢の中で1982年に登場したのが、バンダイのLCDソーラーパワーシリーズの電子ゲーム『大脱走』である。

『大脱走』(バンダイ/5400円 1982年)

「電子ゲームにソーラーパネルを使用したのは、バンダイのLCDソーラーパワーシリーズが初めてだと思います。電池が無用である代わりに強い光を当てていないと遊べず、つまり部屋の中でゴロゴロ寝転がりがら遊ぶことができないというデメリットもありました。しかし、光に当てれば電気が生まれ、ゲームが出来るという科学実験を思わせる仕組みは、当時の子供達の心を捉えたものです。また、同シリーズはソーラーパワーだけでなく、2画面構成になっていることも特徴。なかでもこの『大脱走』は場面転換が秀逸で、私が特に気に入っている電子ゲームの一つです」

そう語るのは、電子ゲームに詳しく、任天堂研究家・コレクターとしても知られる山崎功氏である。

蛍光管表示(FL)式ゲームは電池の消耗が激しく、ACアダプタまで買ってもらえなかった子供達を泣かせた。他方、電池の持ちはよかった液晶式でもボタン電池は高価であり、電池代はやはりバカにできなかった。100円均一がまだ登場していない当時、子供にとって(大人にとっても)電池は消耗品にしてはなかなかの値段がするものであったのだ。

また、視点をエネルギー情勢に戻せば“未来のエネルギー”ともてはやされた原子力発電が、1979年のスリーマイル島原子力発電所事故により大きくその存在が揺らいでいた、そんな時代の話である。「太陽にさえ当てればゲームができる」。この“夢のエネルギー”のわかりやすい実用化に、子供達の興味が注がれたことは想像に難くない。

なお、このゲームは「ソーラーパワー」を謳ってはいるが、室内灯でも条件を満たせば遊ぶことはできた。しかし、発電量の少なさ故、入力の度に画面表示が薄くなり、音も心もとないものになるなどのトラブルはつきもの。快適に遊ぶためにはやはり太陽光のあたる外で遊びたい。そこで携帯性を高め、また最も弱い部分である画面とソーラパネルの保護を目的にしたのだろう。本体は、2つに折りたためるようになっている。小さく折りたたんだものを展開すると、すごい能力を発揮する。このスパイのひみつ道具めいたギミックもまた子供たちにとっての魅力となっていた。

全く異なるゲーム性を持つ驚きの2パターン構成

さて、そのゲーム内容はというと、プレイヤーは囚人であり、看守の目をかいくぐって刑務所から脱走するというもの。通常、主人公は宇宙人や怪物と戦う善なるヒーローか、すくなくともハプニングに見舞われた無辜の存在であるがこのゲームでは自分が善人であるかどうかは疑わしい。同様のモチーフを持ったゲームは他にもあるが、いずれ、ピカレスク(悪漢)ロマンといった言葉もまだ知らない子供たちにとって、他のゲームにはない世界を感じさせるものであった。

ゲームはパターン1・牢の中ステージから始まる。プレイヤーは時折ドアを開けて様子を見にくる看守の目をかいくぐり、隠し持っていたノコギリで計3本ある鉄格子を順に切って外に脱出しなくてはならない。鉄格子は主人公が接触した状態で10回左ボタンを押すと切れるが、看守がドアをあけて中を見たときにはベットの位置につき、壁に貼ってある水着のポスターを見ているフリをしなければ1ミス、鉄格子は強制的に3本に戻る。

このゲームの世界では、脱獄の計画、すなわち鉄格子を意識している様子を見咎められないことが重要なはずであり、であれば主人公がベッドで寝たふりをする描画があれば十分なことになる。なのに、あえて「水着のポスター」を登場させる(子供向けゲームとしては)“ダーティー”な演出に、思わずニヤリとさせられる。

そんなこんなで、計3本の鉄格子を無事、切り落とせば次のパターンに進むことになる。

鉄格子を破った窓を抜けるとそこは第2のパターン・刑務所の壁の外だ。無数の警察犬が襲ってくる上に警官が壁の上から身を乗り出して銃を撃ちまくってくる。(警察犬、警官は説明書の表記通り。「看守では?」などの疑問はさておこう)

看守が見ているあいだは大人しくし、隙を見ては連打で鉄格子を切る。この「静と動」で成り立っていたパターン1とは違い、ひたすら「動」が要求されるのが、パターン2の特徴となっている。そうして画面左に時折やってくる仲間のトラックに乗ればまんまと脱出成功、500点のボーナスが入りまたパターン1に戻る……という流れである。

The Great Escape。単一画面ゲームからの、大いなる脱走

このように、『大脱走』は刑務所の内と外を舞台に展開するアクションゲームであるが、現在の携帯ハード機のように、画面はドットで構成されているわけではないのでその描画は不自由なもの。白(というか透明)黒の液晶画面のなかであらかじめいくつか用意したキャラの動きを描写する単純なパターンを点滅させるしかない。

そんな制約のなか、牢のステージのキャラクターと背景の一部を表示するための液晶画面、刑務所外のキャラクターと背景の一部を表示させるための液晶画面。この2枚の透明な液晶のパネルを重ねることで、1画面でありながら、バラエティに富んだキャラの動き、ゲーム性をもたらすことが可能になっている。

さらに、画面の再奥にプリントによって描かれた背景の使い方、そのアイデアの秀逸さにも注目しておきたい。牢獄のシーンではポスターが貼られた部屋の右壁の役割を果たしていた部分が、外のシーンでは脱走の際に使ったのであろうロープが上から垂れ下がった外壁として使われている。また、牢の鉄格子を支えていた左壁の上端は、下部に植え込みを配置することで今度は刑務所の壁の外を走る道路のカーブを描き出しているのだ。

変えることのできない絵でしかない背景が、液晶画面で描画を重ねて早変わりの舞台装置の役目を見事に果たす。当時のハイテクから、アイデア勝負のローテクまで。双方が詰まったモノとしての魅力に溢れる存在であることがお判りいただけただろうか。

電池の消耗を気にせざるを得ず、ステージ構成は1パターンのみで複雑な演出、場面転換ができない。そんな当時の電子ゲームの限界、いや、牢獄からまさに大脱走を果たしたのがこのゲーム『大脱走』なのである。

文:のび@びた
撮影:さとうひろき

<監修>
山崎 功(やまざき いさお)
任天堂研究家・コレクター、電子ゲーム・レトロゲーム好き。「懐かしの電子ゲーム大博覧会」「任天堂コンプリートガイド」など多数の著書あり。
https://twitter.com/yamazaki_isao
http://happy-today.org/nintendo/

“宇宙最速のあのヒーロー”ついにハリウッド実写映画化 『ソニック・ザ・ムービー』 青い光のシルエット

NEWS

GAME

2018.12.12 WED

1991年に記念すべきゲーム1作目が株式会社セガ・エンタープライゼスから発売され、目にも止まらぬスピードでゲームステージを駆け抜ける革新的なゲーム性と、音速で走る青いハリネズミ ソニックのクールなキャラクターが日本を始め、世界のゲームファンの心をつかみ、愛され続ける「ソニック・ザ・ヘッジホッグ」シリーズ。

全世界でシリーズ延べ約8億人(ダウンロードも含む)が熱狂した日本発の大人気キャラクターがハリウッド実写映画化。その邦題が『ソニック・ザ・ムービー』(原題:Sonic The Hedgehog)に決定した。

『ソニック・ザ・ムービー』2019年11月に全米公開予定。日本公開時期は近日発表

本作は、宇宙最速で走るパワーを授かった青いハリネズミのソニックが、警官のトムとバディを組み、宿敵マッドサイエンティスト ドクター・エッグマンの恐るべき陰謀に立ち向かうべく、世界を股に繰り広げるアクション満載の冒険エンターテイメント。

ソニックとバディを組むことになる警官役には、『X-MEN』 シリーズのサイクロプス役で一躍有名スター入りを果たしたジェームズ・マースデン。そして、毎回ゲームでソニックを追い詰める狂気のマッドサイエンティスト ドクター・エッグマンには、『マスク』(94)などのエキセントリックなキャラクター演技が映画ファンの記憶に残るジム・キャリーが決定。一度見ると忘れないエッグマンの風貌を、どう再現するのか期待が高まる。

『ワイルド・スピード』シリーズのニール・H・モリッツと、『デッドプール』のティム・ミラーがプロデュースし、監督には2004 年に「Gopher Broke(原題)」がアカデミー賞短編アニメーション部門にノミネートされたジェフ・フォウラーが、長編、そして実写初監督に大抜擢。才能溢れるキャスト・スタッフが揃い、世界的人気ゲームキャラクターにどのように命を吹き込むのか、映像の完成が待たれる。

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